*本ページはプロモーションが含まれています

クリーピーナッツ炎上を整理する|早稲田祭とマツコ会議で何が起きたのかを解説

スポンサードリンク

正直に言えば、私自身も最初は「また炎上か」と流してしまいそうになりました。
SNSを開くと、クリーピーナッツやDJ松永という名前と一緒に、「早稲田」「マツコ会議」「性加害」「ミソジニー」といった重い言葉が飛び交っていました。

スポンサードリンク

けれど、クリーピーナッツの音楽やトークが好きな人ほど、心の中ではこんなふうに揺れているはずです。

  • 「何となく炎上していたのは知っているけど、正直、ちゃんとは分かっていない」
  • 「DJ松永のことは好きだから、できれば信じたい。でも、性被害の話となると笑えない」
  • 「ファンを続けるのは“空気が読めていない”ことになるのだろうか?」

この記事は、そうした揺れを抱えた人のために書いています。

この記事で目指すゴールは、次の3つです。

  1. クリーピーナッツ炎上の流れを、「早稲田祭」と「マツコ会議」という二つの出来事から整理する。
  2. クリーピーナッツ炎上が「単なる不謹慎発言」ではなく、「性暴力の歴史」「ミソジニー」「公共の場」という文脈とどう結びついているのかを理解する。
  3. 読者自身が、クリーピーナッツ炎上に対して どんなスタンスを取りたいのか を、自分の言葉で考えられるようになること。

誰かを断罪するためではなく、「どこで線を引くか」を一緒に考えるための材料として、読み進めてもらえたら嬉しいです。


クリーピーナッツ炎上をざっくり整理|2つの出来事で何が起きた?

まずは、細かい論点に入る前に、クリーピーナッツ炎上の全体像をざっくり整理します。

1. 早稲田祭での出来事(学園祭ステージ)

クリーピーナッツ炎上の一つ目のポイントは、大学の学園祭イベントである早稲田祭です。
Creepy NutsのDJ松永が、早稲田大学のイベントステージ上でマイクを持った場面が、炎上のスタート地点のひとつになりました。

  • 場面:早稲田大学の学園祭ステージ。多くの学生や観客が見ている公の場。
  • 発言のタイプ:大学の過去の性暴力事件に触れたと受け取られる発言、性的なニュアンスを含んだ“いじり”や“ネタ”。
  • その後の反応
    • 早稲田大学という場所には、性暴力事件の記憶が強く残っているため、「被害者を傷つける発言ではないか」という指摘が出る。
    • SNS上では「笑いとして許容できない」「場所をわきまえていない」などの批判が拡散する。

ここで重要なのは、「同じ発言でも、どの場所で言ったかによって意味が変わる」という点です。
早稲田大学のステージは、単なるライブ会場ではなく、「過去の重大な性暴力事件が現実にあった場所」でもあります。

2. マツコ会議での出来事(全国放送のテレビ番組)

二つ目のポイントは、テレビ番組「マツコ会議」での発言です。
クリーピーナッツがトークゲストとして出演し、番組内の会話の一部が、「女性蔑視的」「ミソジニー的」だと受け止められました。

  • 場面:全国で放送されるテレビ番組。
  • 発言のタイプ:女性の容姿や役割に対して偏ったニュアンスを含む発言、あるいは笑いの文脈での性別役割的なコメント。
  • その後の反応
    • ネット上で切り取られた動画やテキストが拡散。
    • 「人気者だからこそ影響力があるのに、あの発言はどうなのか」という批判が広がる。
    • 一方で「番組のノリだ」「編集で切り取られただけ」という擁護も一定数存在する。

3. クリーピーナッツ炎上の“合流点”

早稲田祭の出来事とマツコ会議での発言は、テーマが異なるように見えて、SNS上では 「性暴力」「女性蔑視」「ミソジニー」 というタグのもとで一つの流れとして語られるようになりました。

  • 早稲田祭 → 性暴力事件の記憶を持つ場所での「ネタ化」
  • マツコ会議 → 全国放送での女性蔑視的と受け取られる発言
  • SNS → 二つの出来事が結びつき、「クリーピーナッツとジェンダーの問題」という大きな話題になる

このように、「個別の発言が炎上した」というよりも、「複数の出来事が時間差で積み重なり、ある方向性を持った批判が形になっていった」と理解した方が、クリーピーナッツ炎上の全体像が掴みやすくなります。

クリーピーナッツ炎上のタイムライン整理図



【結論】: 炎上のニュースを見たときは、まず「いつ・どこで・どんな発言があったのか」をタイムラインで整理することをおすすめします。

なぜなら、出来事の順番が曖昧なままだと、「あの発言もこの発言も全部同じ問題のように見えてしまい」、必要以上に過激な評価に傾きやすくなるからです。炎上の温度感を冷静に測るためには、事実の流れを落ち着いて確認する習慣が、とても大きな助けになります。


スポンサードリンク

なぜ「笑いのネタ」で済まなかったのか?3つの論点から見る問題点

ここからは、「なぜここまで大きな批判になったのか」という核心に入っていきます。
単に「不謹慎だった」では片付かない理由を、3つの論点から整理します。

論点1:早稲田大学とスーパーフリー事件という“場所の記憶”

早稲田祭は、早稲田大学の学生にとって誇りでもあり、さまざまな思い出が詰まった場です。
しかし同時に、早稲田大学は過去に、サークルによる重大な性暴力事件を起こしてしまった大学でもあります。

  • 早稲田大学は「スーパーフリー事件」という、組織的な性加害で社会を大きく揺るがした事件の舞台になった。
  • 多くの被害者は今も傷を抱え、当時の報道を思い出すだけでも苦しくなる人がいる。
  • その場所で、性暴力や女性を軽く扱うニュアンスを含む「ネタ」が飛び出すと、「笑いにしてはいけない領域に踏み込んでいる」と感じる人が出てくる。

クリーピーナッツのステージは、単なる「攻めたお笑い」や「バラエティ的ノリ」という枠を超え、「被害の記憶とつながる場所での発言」として受け止められました。
ここが、クリーピーナッツ炎上における一つ目のポイントです。

論点2:HIPHOP文化とミソジニー(女性蔑視)の問題

Creepy NutsはHIPHOPシーンの中で育ってきたアーティストです。
HIPHOPは、「権力への反抗」「ストリートのリアル」「攻撃的な自己表現」といった魅力を持つ一方で、世界的に「女性蔑視的な表現(ミソジニー)」が問題視されてきた歴史も持っています。

  • 一部のラップやMVには、女性をモノ扱いするような描写や、性的に消費する視点が含まれることがある。
  • そのたびに、「表現の自由」と「人権・ジェンダー配慮」のバランスが議論されてきた。
  • クリーピーナッツ炎上に対しても、「HIPHOPだからこれくらい当たり前だろう」という擁護と、「HIPHOPだからこそ変わろうとする責任がある」という批判がぶつかり合った。

ここで重要なのは、「HIPHOP=全部ミソジニー」でもなければ、「HIPHOPだから何を言っても許される」でもないということです。
むしろ、HIPHOPの中からもジェンダー問題に向き合うアーティストが増えていて、その変化の流れの中にクリーピーナッツ炎上も位置づけられる、という見方ができます。

論点3:テレビ・学園祭という“公共の場”での発言であること

もう一つ見逃せないのが、「どの場で発言されたか」という点です。

  • テレビ番組「マツコ会議」は、全国どこでも見られるメディアです。
  • 早稲田祭のステージも、特定のファンだけでなく、多様なバックグラウンドの人が集まる学園祭という公共性の高い場です。
  • クラブやライブハウスの深夜イベントでの“身内ノリ”とは違い、より多様な人が耳にする場では、「誰かのトラウマに触れる可能性」を配慮すべきだと考える人が増えています。

つまり、クリーピーナッツ炎上は、

  • 「場所の記憶」(早稲田と性暴力事件)
  • 「カルチャーの歴史」(HIPHOPとミソジニー問題)
  • 「場の公共性」(テレビ・大学のステージ)

という3つのレイヤーが重なり合った結果、「笑いのネタとしては重すぎる」「傷つく人がいる」という声として表面化した、と整理できます。

クリーピーナッツ炎上をめぐる3つのレイヤーの関係図


【結論】: 「表現の自由」を守りたいと思う人ほど、「どの場所で、どんな歴史を踏まえて発言しているか」を意識することが大切です。

なぜなら、場所や歴史の文脈を理解したうえで言葉を選ぶことで、守りたいはずのカルチャーそのものが「時代遅れ」「排除的」とレッテルを貼られてしまうリスクを減らせるからです。好きなカルチャーを長く続けていくためにも、文脈を学ぶ姿勢は大きな味方になります。


スポンサードリンク

ファンとしてどう受け止める?3つのスタンスとそれぞれの注意点

ここからは、「結局、自分はどう受け止めればいいのか?」という、もっとも切実な問いに向き合います。

クリーピーナッツ炎上に対するリアクションには、ざっくりと3つのスタンスが見られます。

  1. クリーピーナッツのファンをやめるスタンス
  2. クリーピーナッツの作品は好きだが、発言には厳しく向き合うスタンス
  3. クリーピーナッツの成長に期待しながら見守るスタンス

それぞれのスタンスには、メリットもあれば注意点もあります。
どれが正しいというより、「自分は今どこに立っているか」を自覚することが大切です。

スタンスメリット懸念点意識しておきたいポイント
1. ファンをやめる自分の倫理観と矛盾しない選択ができる。性暴力やミソジニーに対して明確なNOを示せる。「一度の失敗で人を完全に切り捨てるべきか」という問いが残る可能性がある。音楽そのものから得ていた救いも同時に失われるかもしれない。友人や周囲の人がまだファンでいる場合、その人たちを責める形にならないように、他者の選択も尊重する姿勢を持つと、お互いに傷つきにくい。
2. 作品は好きだが発言には厳しく向き合うアーティストの表現に救われてきた経験を大事にしつつ、問題のある発言には「それは違う」と言えるバランスを取れる。「都合よく切り分けているだけでは?」という批判を受けることがある。自分の中でもモヤモヤが残るかもしれない。「好きだからこそ批判もする」という姿勢を言葉にしておくと、自分の中の整合性が取りやすい。SNSで意見を言うときは、攻撃ではなく「こうあってほしい」という期待として伝えると建設的になりやすい。
3. 成長に期待しながら見守る人は変わりうるという前提に立ち、クリーピーナッツやDJ松永が今後どう変わっていくかを見届ける余地を残せる。具体的な変化が見られない場合、「期待しているだけで何も変わっていない」という徒労感を覚える可能性がある。期待するだけでなく、「どんな変化が見えたら嬉しいか」を自分なりに言語化しておくと、アーティストの行動を評価しやすくなる。変化が見えたときには、その変化をきちんと評価することも大切。

この3つのどれか一つを選ばなければならない、というわけではありません。
時間の経過や情報の更新によってスタンスが変わることも、全く不自然ではありません。

重要なのは、「なんとなく流されて決める」のではなく、

  • 何を大事にして、
  • 何を許容できて、
  • 何を許容できないのか

を、自分なりの言葉で持っておくことです。


【結論】: 誰かを応援するかどうかを決めるときは、「好きか嫌いか」だけでなく、「どんな変化を期待しているのか」まで含めて考えると、後悔が少なくなります。

なぜなら、単に「もう無理」と切り捨てるか、「全部OK」と目をつぶるかの二択だけでは、自分の中にモヤモヤが残りやすいからです。「ここは支持できるが、ここは支持できない」というグラデーションを自分の言葉で持つことが、推しとの関係を長く続けるうえでも、心の健康を守るうえでも有効だと感じています。


スポンサードリンク

クリーピーナッツ炎上についてよくある疑問Q&A

最後に、クリーピーナッツ炎上について、多くの人が抱きやすい疑問をQ&A形式で整理します。

Q1. 今もクリーピーナッツは普通に活動を続けているのか?

A. クリーピーナッツは、炎上後も音楽活動やメディア出演を続けています。
ただし、炎上をきっかけに、発言内容やメディアでの振る舞いについて、以前よりも慎重になっている様子を感じるというファンの声もあります。

Q2. これからクリーピーナッツのファンになるのは“空気が読めていない”ことになるのか?

A. クリーピーナッツの過去の発言に問題があったと感じる人がいることは事実です。
その一方で、クリーピーナッツのリリックやスタンスに救われてきた人も数多く存在します。

大事なのは、

  • 過去の炎上や批判された発言があった事実を知らないままでいるのではなく、
  • そうした出来事も含めて理解したうえで、「それでも自分はこう受け止める」と選ぶこと

だと考えています。

Q3. 学園祭でアーティストを呼ぶ側は、何に気をつけるべきなのか?

A. 学園祭やイベント運営側には、「どのアーティストを、どんな文脈で呼ぶのか」という責任があります。

  • 過去に重大な事件があった場所であれば、その記憶を踏まえた上で出演者にも共有しておく。
  • トーク内容やMCの方向性について、最低限のすり合わせをしておく。
  • 問題が起きた場合に、被害者や関係者を最優先に考えた対応方針をあらかじめ決めておく。

こうした準備は、「言論統制」のためではなく、「誰かの傷に無自覚に触れてしまうことを避けるため」のガードレールだと捉えると、建設的な議論につながりやすくなります。

Q4. HIPHOPは全部危ないカルチャーなのか?ミソジニーな文化なのか?

A. HIPHOP文化の一部には、たしかにミソジニー的な表現が存在します。
しかし同時に、性暴力や差別を告発するラップや、ジェンダーやセクシュアリティの多様性を肯定するアーティストも数多くいます。

つまり、

  • HIPHOPだから危ない
  • HIPHOPだから仕方ない

という二択ではなく、「どのアーティストが、どんな姿勢で、どんな表現をしているか」 を個別に見ることが重要です。
クリーピーナッツ炎上も、その大きな議論の中の一つのケースと考えると、より立体的に見えてきます。


スポンサードリンク

まとめ|好きでいることと、批判的に考えることは両立できる

ここまで、クリーピーナッツ炎上を

  • 早稲田祭とマツコ会議という二つの出来事
  • 性暴力事件の記憶、HIPHOPとミソジニー、公共の場という三つのレイヤー
  • ファンとしての三つのスタンス

という形で整理してきました。

改めて、この記事の要点をまとめます。

  1. クリーピーナッツ炎上は、単なる「不謹慎な一言」ではなく、性暴力の記憶と結びつく場所や、公共の場での発言の責任、HIPHOP文化の歴史が重なった結果として起きた。
  2. HIPHOPやお笑いの「攻めた表現」を守りたい気持ちと、性被害者への配慮を大切にしたい気持ちは、本来どちらも大事であり、どちらか一方だけを選ぶ必要はない。
  3. クリーピーナッツのファンを続けるかどうかは、「好きか嫌いか」だけでなく、「どんな変化を期待するか」「何を許容できないか」を含めて、自分なりに言葉にすることで、初めて納得感のある選択になる。

私自身、音楽やカルチャーに何度も救われてきた一人です。
だからこそ、「好きなものを好きだと言いながらも、誰かの傷に目を向ける」という、少し難しいバランスを何度も考え続けてきました。

もしこの記事が、クリーピーナッツ炎上をきっかけに、あなた自身の「線の引き方」を少しだけ言葉にする手助けになっていたら、とても嬉しく思います。