「ちゃんと相手を尊重して」「もっと相手の気持ちを考えて」
そう言われるときほど、「いったい何をどう変えればいいの?」と戸惑いやすくなります。
一方で、相手を大事にしようと頑張りすぎると、今度は自分が疲れ切ってしまうこともあります。
相手か自分か、どちらかを我慢させるコミュニケーションは、長くは続きません。
このガイドでは、辞書的な難しい定義ではなく、
- 「尊重」と「尊敬」「配慮」の違い
- 職場での具体的な言い方・聴き方
- 無理をしないための境界線(バウンダリー)の引き方
を、明日から試せるレベルまで噛み砕いて解説します。
完璧な人になる必要はまったくありません。小さな一歩から一緒に整えていきましょう。
「尊重」とは何か?尊敬・配慮との違いをやさしく整理
結論:尊重は「その人の大事なものを雑に扱わない姿勢」
最初に一番大事なポイントをお伝えします。
- 尊重
→ その人の「大事にしているもの」や「境界線」を、雑に扱わない姿勢 - 尊敬
→ 能力や人柄に対して「すごい」「見習いたい」と感じる評価の気持ち - 配慮
→ その場かぎりの気遣いや思いやりの行動
尊敬がなくても、尊重はできます。
たとえば「仕事ぶりには不満があるけれど、1人の人間としての意見や時間は大事に扱う」という接し方は、尊重のある関わり方です。
逆に、どれだけ相手を尊敬していても、
- 話を最後まで聞かない
- 勝手に予定を決める
- 気持ちを決めつける
といった行動が続くと、「尊重されていない」感覚が強く残ります。
尊重・尊敬・配慮の違いを整理する
📊 小さな整理メモ
| 概念 | 何を大事にしているか | どんなときに表れやすいか |
|---|---|---|
| 尊重 | 相手の存在・価値観・境界線 | 意見が違うとき、断るとき、注意するとき |
| 尊敬 | 相手の能力・実績・人柄への評価 | あこがれや感謝を感じたとき |
| 配慮 | その場の負担・感情への一時的な気遣い | 忙しそうなとき、体調が悪そうなときなど |
尊重は、尊敬や配慮よりも土台に近い姿勢です。
相手をすごいと思えなくても、相手の時間をむやみに奪わないことはできます。
気を遣う余裕がない日でも、「相手の境界線を無視しない」ことは意識できます。
✍️ 専門家の経験からの一言アドバイス
【結論】: 尊重は「好きか嫌いか」とは切り離して考えた方が、職場ではうまく機能します。
なぜなら、組織にはどうしても「気が合わない相手」や「価値観が違う相手」が存在しますが、そのたびに関係をゼロか100かで判断すると、自分が疲れ果ててしまうからです。好きかどうかとは別枠で、「最低限、こう扱う」が決まると、心が少し楽になります。
尊重と心理的安全性の関係
最近よく聞く「心理的安全性」は、メンバーが安心して意見を出せる状態を意味します。
この心理的安全性の土台になっているのが、日々の尊重のある言動です。
- 話をさえぎらずに最後まで聴く
- 「なんでそんなことも」と人格を否定しない
- 意見に反対しても、人そのものを否定しない
こうした行動が積み重なると、「このチームなら失敗を話しても大丈夫」「わからないと言っても大丈夫」という空気が生まれます。
尊重は、一人ひとりの行動から始まる「チームの土壌づくり」でもあります。

尊重を「行動」に変える3つの軸 〜聴き方・伝え方・境界線〜
尊重は気持ちだけでは伝わりません。
相手が目にするのは、あくまで言葉と行動です。
ここからは、尊重を具体的な行動に変える3つの軸として、
- 聴き方(傾聴)
- 伝え方(アサーティブ+Iメッセージ)
- 境界線(バウンダリー)の引き方
を順番に見ていきます。
1. 聴き方(傾聴):まず「遮らない」「決めつけない」
尊重の一番分かりやすい形は、相手の話をきちんと聴くことです。
傾聴のチェックリスト
次のリストに、どれくらい当てはまるかを確認してみてください。
- 相手の話を、最後まで遮らずに聴いているか
- 途中で「それは違う」とすぐに反論していないか
- 相手の言葉を要約して、「こういうこと?」と確認しているか
- 「でも」「いや」を口癖のように使っていないか
すべてできていなくても大丈夫です。
まずは1つだけ選んで意識するところからで構いません。
2. 伝え方(アサーティブ+Iメッセージ):相手を否定せず、自分の気持ちを伝える
尊重は、「相手の言うことをすべて飲み込むこと」ではありません。
大切なのは、相手を攻撃せずに、自分の気持ちや考えを率直に伝えることです。
そのための具体的なコツが、アサーティブコミュニケーションとIメッセージです。
Iメッセージの基本形
- 「あなたは遅い」
→ 相手の人格や能力を評価している言い方 - 「私は、締切に間に合わないと仕事が回らなくて不安になる」
→ 自分の感じていることを伝える言い方
Iメッセージの形は、次のように整理できます。
「私は、(状況)で、(感情)を感じています。だから、(お願い・提案)をしたいです。」
よくある場面の言い換え例
- 「いい加減にしてよ」
→ 「私は、同じ修正が何度も出てくると、時間が足りなくなるのが心配です。」 - 「なんで確認してくれなかったの?」
→ 「私は、事前に一言もらえると、スケジュールを調整しやすくて助かります。」
評価や攻撃から、自分の感情とお願いに視点を移すことで、自分も相手も守る伝え方になります。
【結論】: Iメッセージは、最初は照れくさくても「一度声に出して練習する」と急に使いやすくなります。
なぜなら、頭の中だけで考えているときよりも、声に出したときの違和感の方が具体的にわかり、「ここを自分の言葉に直そう」と修正しやすくなるからです。会議前に1人でつぶやいてみることが、実はとても効果的な練習になります。
3. 境界線(バウンダリー):できないことは、できないと言ってよい
「相手を尊重したい」と考える人ほど、自分の限界を超えて頑張ってしまいがちです。
しかし、自分の限界を超えて引き受け続けると、いずれ爆発するか、体調を崩します。
ここで大事になるのが、境界線(バウンダリー)の意識です。
境界線が関わる3つの領域
- 時間の境界線
- 例:残業できる日は週に1〜2日まで
- 仕事量の境界線
- 例:自分の担当業務にプラスして、他部署の仕事を同時に抱えない
- 価値観の境界線
- 例:「休日に連絡しないでほしい」という個人的なルール
バウンダリーを伝える言い方の例
- 「その案件は、今週中は新しい仕事を増やさずに、今のタスクに集中したいです。」
- 「この時間以降は家族との時間にしたいので、急ぎ以外の連絡は明日対応でもよいですか。」
これは「わがまま」ではなく、自己尊重のためのラインです。
自己尊重が整うほど、他者尊重も安定します。

ケース別・尊重のある/ないコミュニケーション例(職場シーン)
ここからは、職場でよくある3つのシーンを取り上げて、
尊重を欠いた言い方(NG)と尊重のある言い方(OK)を並べてみます。
📊 比較表:職場シーン別 NG/OKフレーズ
| シーン | NGフレーズ(尊重を欠く言い方) | OKフレーズ(尊重のある言い方) | ポイント(傾聴・Iメッセージ・境界線) |
|---|---|---|---|
| 部下の提案を却下するとき | 「それは無理。前にも言ったよね?」 | 「提案してくれてありがとう。今回の条件だと、納期の面で難しそうだと感じています。別の進め方を一緒に考えてもいいですか?」 | 傾聴+Iメッセージ:提案への感謝と理由の説明をセットにする。 |
| 仕事を断る/期限を調整してほしいとき | 「そんなの無理です」「今はムリです」 | 「今のタスク量だと、〇日までに仕上げるのは難しいと感じています。△日まで伸ばせれば、品質を保てそうです。」 | Iメッセージ+境界線:できる範囲と代案をセットで伝える。 |
| 価値観の違う意見に反対するとき | 「それはおかしい」「普通そうはしない」 | 「私は、その進め方だとお客さまが戸惑う可能性があると感じています。こういう理由で、別案も検討したいです。」 | Iメッセージ:相手の人格ではなく、自分の懸念と理由を示す。 |
| 急な依頼を振られたとき | 「またですか?いい加減にしてください」 | 「急ぎの依頼ですね。今日は他にも締切が重なっているので、どれを優先すべきか一緒に整理してもよいですか?」 | 傾聴+境界線:現状を共有し、優先順位の相談に切り替える。 |
NGフレーズとOKフレーズの違いは、主に次の3点です。
- 人格ではなく状況や条件に焦点を当てているか
- 自分の感情や限界を、Iメッセージで伝えているか
- 単なるNOではなく、代案や相談の姿勢を含んでいるか
これらの違いが積み重なると、「尊重されている」と感じる場面が確実に増えていきます。
【結論】: NGフレーズを「絶対に言ってはいけない言葉」と捉えるより、『言ってしまったあとにどうフォローするか』に目を向けると、完璧主義から少し自由になります。
多くの人は、イライラした瞬間に思わずきつい言葉を口にしてしまいます。ただ、そのあとに「さっきは言い方がきつくなってしまってごめんね。本当に伝えたかったのは〜」と一言添えられるだけで、関係は立て直せます。尊重は、一度のミスではなく、長い時間で見たときの合計点で決まります。
よくある疑問と不安へのQ&A(FAQ)
Q1. どうしても合わない相手にも、尊重は必要ですか?
A. 必要です。ただし、「好きになる必要はない」と考えると少し楽になります。
価値観が大きく違う相手や、過去の経験から苦手意識のある相手に対しても、
次のような最低ラインだけは守る、という考え方が現実的です。
- あいさつを返す
- 話しているときに目をそらし続けない
- 人前で人格を否定しない
これは相手のためだけではなく、自分が後で後悔しないための基準でもあります。
Q2. 相手を尊重しながら「NO」を伝えるのは、わがままではありませんか?
A. 自分の限界や事情を伝えることは、わがままではなく、自己尊重の一部です。
むしろ何も言わずに引き受け続けて、限界に達したあとで関係を切る方が、
相手にとってもショックが大きくなります。
- 「手伝いたい気持ちはありますが、今週は既に締切が重なっている状況です。」
- 「今回は難しいですが、来週なら時間を確保できます。」
のように、「気持ち」と「事情」と「代案」をセットで伝えると、相手も受け止めやすくなります。
Q3. 上司が尊重してくれないと感じるとき、部下の自分にできることはありますか?
A. 上司の態度を変えることは難しくても、自分を守るための小さな工夫はできます。
たとえば次のような工夫は、現場でよく効果が出ています。
- 指示内容をメールやチャットで確認して、後から行き違いにならないようにする
- 感情的なやり取りから距離を置き、事実・期日・優先度など「情報」に話題を戻す
- 信頼できる同僚や人事・産業医など、相談窓口を増やしておく
相手の態度がすぐに変わらなくても、自分の心と働き方を守る選択肢は持てます。
まとめと、明日からできる小さな一歩
ここまで、「尊重とは何か」から始まり、行動レベルの具体例まで見てきました。
- 尊重は、「相手の大事なものや境界線を雑に扱わない姿勢」
- 尊重と尊敬・配慮は、似ているようで焦点が違う
- 聴き方・伝え方・境界線という3つの軸が、尊重を「行動」に変える
- 自己尊重が整うほど、他者尊重も安定し、心理的安全性のあるチームに近づく
最後に、明日からできる小さな一歩を3つだけ提案します。
- 相手の話を、1度だけ「遮らないで最後まで聴く」日をつくる
- 注意やお願いをするときに、「私は〜と感じています」で1文だけ始めてみる
- 自分の中の境界線(時間・仕事量・価値観)を、紙に3つだけ書き出してみる
どれか1つで十分です。
尊重は、派手なことではなく、こうした小さな選択の積み重ねで形になっていきます。
行動のためのひとこと
今日、この文章を読み終えたあなたは、もう十分に「相手も自分も大切にしたい人」です。
あとは、その気持ちを支えるための「言葉」と「線の引き方」を、少しずつ増やしていけば大丈夫です。
著者情報
著者: 中村 美咲(なかむら みさき)
肩書き: 組織心理カウンセラー/職場コミュニケーション講師
- 企業向けコミュニケーション研修・ハラスメント防止研修などに200社以上登壇。
- 職場の人間関係やメンタル不調に関する相談対応は延べ1,500件超。
- 専門分野は、組織心理学・アサーティブコミュニケーション・心理的安全性。
メッセージ:
「がんばりすぎて疲れてしまった“まじめな人”が、少しでも楽に、少しでも自分を大切にしながら働けるように。完璧なコミュニケーションではなく、『自分にできる尊重』を一緒に探していきましょう。」