「『是非もなし』って、いつか一度はキメ台詞みたいに使ってみたい。」
おそらく、この記事を開いたライターや編集者の多くが、そんな気持ちをどこかで抱いているはずです。
一方で、
- 「織田信長ぽくてカッコいいけど、今どきのWeb記事で使ったら浮かないかな?」
- 「なんとなく“諦め”っぽい意味だとは分かるけれど、細かいニュアンスは自信がない」
- 「ビジネス寄りの媒体で『是非もなし』を使うのは、さすがにやりすぎかも…?」
という不安も同時にあるはずです。
この記事では、日本語表現コンサルタントとしての編集・校閲の経験をもとに、『是非もなし』の意味・由来・ニュアンスを押さえつつ、「どの文脈なら安心して使えるか/避けたほうが良いか」まで具体的に判断できる状態になることをゴールにします。
『是非もなし』ってどんな言葉?まずは全体像から
まずは「『是非もなし』とは何か」を、ライター視点でサクッと整理しておきます。
現代語にざっくり言い換えると?
『是非もなし』を、編集会議で一言で説明するならこのあたりです。
- 「もうどうしようもない」
- 「仕方がない」
- 「やむを得ない」
つまり、『是非もなし』のコアは、状況を受け入れる「諦め」や「受容」のニュアンスです。
ここを押さえておくだけでも、文脈的なズレはかなり減ります。
表記ゆれ:「是非もなし」「是非も無い」「是非なし」
実際のテキストでは、いくつかの表記が混在します。
- 是非もなし
- 是非も無い
- 是非なし
意味のコアはどれもほぼ同じと考えて問題ありません。
ただし、現代の一般的な表記としては『是非もなし』がもっとも目にする頻度が高い印象です。
- 歴史寄り・古典寄り → 『是非なし』寄りの表記
- 現代寄り・ポップ寄り → 『是非もなし』
といった “空気感” の違いはあるので、媒体のトーンに合わせて選ぶと、文章全体の雰囲気が揃いやすくなります。
古語「是非なし」と現代「是非もなし」のつながり
古語としての「是非なし」には、もともと複数の意味があります。
辞書によってニュアンスは少しずつ異なりますが、代表的には次のような方向性です。
- 「良い悪いを論じてもしかたがない」
- 「避けることができない」
- 「どうにも身の施しようがない」
現在よく使われる『是非もなし』は、このうち「どうにも身の施しようがない」=どうしようもないあたりが色濃く残った形だと考えると理解しやすくなります。

辞書では見えない『是非もなし』のニュアンスと歴史的背景
ここからは、編集者の頭の片隅に必ず浮かぶであろう「織田信長」「本能寺の変」との関係に触れていきます。
「是非に及ばず」と織田信長
歴史好きの読者なら、「是非に及ばず」というフレーズをどこかで目にしているはずです。
本能寺の変で襲撃を受けた織田信長が、「もはや是非を論じている場合ではない」として発したと伝えられる言葉です。
このフレーズには、
- もはや状況の良し悪しを言っても意味がない
- ならば、やるべきことをやるだけだ
という、切迫した覚悟と決断のニュアンスがあります。
「是非もなし」と「是非に及ばず」の違い
『是非もなし』はよく「是非に及ばず」とセットで語られますが、ニュアンスには微妙な差があります。
- 是非に及ばず
- 「議論している場合ではない」「決断して行動するしかない」という覚悟の強さが前面に出る。
- 是非もなし
- 「もうどうしようもない」「受け入れるしかない」という達観や受容寄りのニュアンスが強い。
どちらも「事態をどうこう言っても仕方がない」という点では似ていますが、
「是非に及ばず」=決断の瞬間/「是非もなし」=結果を受け入れる瞬間
くらいにイメージしておくと、文章に使うときの感触がつかみやすくなります。

ライター・編集者のための『是非もなし』の使いどころとNGライン
ここからが、ライター・編集者にとっての本題です。
『是非もなし』を、実務としてどこで使うか/使わないかを整理していきます。
よくある3つのシーン別・相性チェック
① 歴史・人物コラム(歴史、時代劇、戦国武将など)
- 相性: ◎(かなり高い)
- 使ってよいパターンの例:
- 織田信長の最期を描くパートで、「もはや是非もなし、といった心境だったかもしれません。」
- 歴史上の人物の「諦め」や「受容」の瞬間を描写する文章。
- やりすぎなパターンの例:
- どんな場面でも信長ネタに寄せすぎて、文章全体が時代劇調になりすぎるケース。
- 読者層がライト層なのに、前後の説明なしで突然『是非もなし』を置いてしまうケース。
② ビジネス系Web記事(キャリア、働き方、マネジメントなど)
- 相性: ◯〜△(文脈次第)
- 使ってよいパターンの例:
- コラムの締めで少しだけ文体を崩すとき:「ここまでの経緯を踏まえると、もはや昇給に関しては是非もなし、という判断になるかもしれません。」
- エッセイ寄りのビジネスコラムで、自己ツッコミのように使うケース。
- 注意したいポイント:
- かしこまったレポート、オフィシャルなプレスリリースなど、対外的なビジネス文書とは基本的に相性が悪い。
- 読者層が若く、歴史表現に馴染みが薄い場合、「意味が伝わらない+浮いて見える」リスクがある。
③ 社内メール・チャット、カジュアルなSNS
- 相性: △(ネタとして少量なら)
- 使ってもよさそうな例:
- 親しい同僚同士のチャットで「今日も残業コース、是非もなし…」と軽い自虐ネタとして。
- リスクが高い例:
- 立場が上の人に向けて、真面目な報告の場面で使ってしまうケース。
- 取引先とのやり取りなど、礼儀が重視される場面での使用。
類義語との比較で見える『是非もなし』の立ち位置
『是非もなし』を使うべきかどうかを考えるには、近い意味の日本語との比較が役立ちます。
| 表現 | 古風さ | ニュアンスの重さ | ビジネス記事との相性 | 日常会話との相性 |
|---|---|---|---|---|
| 是非もなし | 高い(古風) | やや重い | 文体を崩したコラムなら可/公式文書は避けたい | ネタ的に少量なら可 |
| 否応もない | やや古風 | やや重い | 解説記事・コラムでは使いやすい | 会話でも時々使われる |
| 仕方がない | 現代的・中立 | 中〜やや重い | ほぼどの文脈でも可 | 会話で頻出 |
| やむを得ない | 現代的・かため | かため・フォーマル | ビジネス文脈との相性◎ | 会話だと少しかしこまった印象 |
この表から分かるように、『是非もなし』は「意味はシンプルだが、古風さのせいで文脈を選ぶ表現」です。
- 安全第一でいくなら → 「仕方がない」「やむを得ない」
- すこし味を出したいなら → 「否応もない」
- 歴史寄り・コラム寄りで、あえて信長イメージも含めて遊びたいなら → 「是非もなし」
という使い分けをベースにしておくと、大きく外すことはありません。
【結論】: 『是非もなし』を使う前に、まずは素直な日本語で一度書き、それでも物足りないと感じたときだけ差し替えると安全です。
なぜなら、多くのライターや編集者が「カッコよさ」優先で表現を選んでしまい、読者にとっての分かりやすさが後回しになりがちだからです。先に「仕方がない」「やむを得ない」などで意味をしっかり固めてから、『是非もなし』を選ぶと、文章全体のバランスを崩しにくくなります。この知見が、あなたの原稿の“ちょうどいい味付け”の助けになれば幸いです。
「今この原稿で『是非もなし』を使っていいか?」判断フロー
テキストに『是非もなし』を差し込む前に、次の3つの問いを自分に投げてみてください。
- 読者は『是非もなし』を知らなくても文意を追えるか?
- 文章全体のトーンが、ここだけ急に時代劇調になっていないか?
- 『仕方がない』『やむを得ない』など、より素直な日本語で代用できないか?
この3つすべてに「はい」と答えられたときだけ、『是非もなし』を本命候補にして良い、くらいの基準でちょうどいいです。

『是非もなし』に関するよくある質問(FAQ)
最後に、実務で遭遇しがちな細かい疑問に、編集者目線で答えておきます。
Q1. ビジネスメールで『是非もなし』を使うのは失礼ですか?
A. 基本的には避けたほうが安全です。
ビジネスメールは、相手がどんな世代・バックグラウンドか分からない前提で書く文書です。
『是非もなし』は古風でニュアンスも少し重いため、誤解が生まれたり、「妙に芝居がかった文体」と受け取られるリスクがあります。
- 代わりに使いたい表現:
- 「やむを得ないと考えております」
- 「やむを得ない状況と判断いたしました」
このあたりの方が、誤解なく用件を伝えられます。
Q2. SNSでネタとして『是非もなし』を使っても大丈夫ですか?
A. フォロワー層によりますが、“身内ノリ”であれば問題になりにくい表現です。
歴史好きやオタク文化に馴染みのあるフォロワーが多いアカウントであれば、
「今日も残業確定、是非もなし」のような使い方は、むしろネタとして機能します。
ただし、企業公式アカウントなど、公的な立場でのSNS運用では、
- 読者層が広く、意味が伝わらない可能性
- 文章トーンがブレることによるブランドイメージの揺らぎ
といった点を考えると、避けるほうが無難です。
Q3. 『是非もなしでしょうか?』のような疑問形は変ですか?
A. かなり不自然に感じる読者が多いはずです。
『是非もなし』は、もともと「状況を受け入れる一言」に近い表現です。
そのため、「是非もなしでしょうか?」と疑問形にすると、“すでに諦めているのか、まだ迷っているのか” が曖昧になります。
- 「もうどうしようもないのでしょうか?」
- 「どうにもならない状況なのでしょうか?」
といった、よりストレートな表現のほうが、読者には圧倒的に伝わりやすくなります。
Q4. 読者が『是非もなし』の意味を知らなさそうな場合は、どうフォローすべきですか?
A. 初出の一回だけ、軽く言い換えを添えると親切です。
例として、次のような書き方があります。
「これだけ条件が揃ってしまえば、もはや是非もなし(=どうしようもない)。」
もしくは、
「もはや是非もなし、つまり、どうしようもないところまで状況が悪化していたのです。」
このように、一度だけ意味を添えておけば、二度目以降は単独で使っても読者は迷いません。
まとめ:『是非もなし』は「まず素直な日本語で書いてから」の一手として
ここまで、『是非もなし』の意味・歴史的背景・使いどころを整理してきました。
最後に、ライター・編集者として覚えておきたいポイントを3つに絞ります。
- コアの意味は「どうしようもない」「仕方がない」という受容・諦めのニュアンス。
- 『是非に及ばず』とのセットで「覚悟の一言」としてイメージされるが、現代の『是非もなし』は達観寄りのトーンが強い。
- ビジネスメールやフォーマルな文書では避け、歴史コラムやエッセイ寄りの記事で“ここぞ”というときに使うと生きる。
実務的なルールとしては、
- まずは「仕方がない」「やむを得ない」などの素直な日本語で一度書く
- それでも「少し味気ない」「ここは印象に残したい」と感じたときにだけ、『是非もなし』を候補として検討する
この順番を守ると、大きく失敗することはほとんどありません。
もし、あなたのメモ帳やNotionに「いつか使いたい日本語表現リスト」があるなら、
そこに『是非もなし』+今日得たニュアンスメモを書き添えておくと、今後の執筆でじわじわ効いてきます。