『キングダム』を読んでいると、「秦・趙・楚って実際どこにある?」「咸陽や邯鄲は現在の中国でいうとどこ?」「地図を見るたびに国境が違うのはなぜ?」と気になることがあります。
結論からいうと、『キングダム』の舞台となる戦国時代の七国は、現在の中国中東部を中心に広がっていました。
まず大まかな位置だけ覚えるなら、次のイメージで十分です。
- 秦=西:現在の陝西省を中心とする地域
- 趙=北:河北省・山西省周辺
- 燕=北東:北京周辺から遼寧省方面
- 斉=東:山東省周辺
- 魏=中央:河南省を中心とする地域
- 韓=中央やや西:河南省西部を中心とする地域
- 楚=南:湖北省・湖南省・安徽省など広い地域
つまり、キングダムの地図は「西の秦が、中央の韓・魏・趙を突破しながら東や南へ勢力を広げていく地図」として見ると理解しやすくなります。
この記事では、戦国七雄の位置を現在の中国と比較しながら、咸陽・邯鄲・大梁などの主要都市、キングダムの地図が時期によって変わる理由まで整理します。
キングダムの七国は現在の中国でいうとどこ?
『キングダム』に登場する主要7か国は、歴史上「戦国七雄」と呼ばれる秦・趙・魏・韓・楚・燕・斉です。
戦国時代にはほかにも小国が存在しましたが、まずはこの7か国の位置を押さえれば、キングダムの戦争や外交はかなり理解しやすくなります。
| 国 | 位置 | 現在の中国でいうと | キングダムでのイメージ |
|---|---|---|---|
| 秦 | 西 | 陝西省を中心に甘粛省東部など | 信・嬴政たちの国 |
| 趙 | 北~北東 | 河北省・山西省周辺 | 李牧らが守る秦最大級のライバル |
| 魏 | 中央 | 河南省を中心とする地域 | 秦の東進ルートに位置する国 |
| 韓 | 中央 | 河南省西部・中部周辺 | 七国の中では比較的小さい国 |
| 楚 | 南 | 湖北省・湖南省・安徽省など | 非常に広大な領土を持つ南の強国 |
| 燕 | 北東 | 北京周辺~河北省北部・遼寧省方面 | 七国の最北東に位置 |
| 斉 | 東 | 山東省周辺 | 中国東部・海側を押さえる国 |
歴史上も、戦国時代にはこの7国が中国統一をめぐって争い、最終的に秦王・嬴政が紀元前221年に統一を完成させます。
キングダムの地図は「西の秦」を基準にすると一発で分かる
七国の位置を全部別々に暗記する必要はありません。
まず秦が西にあることを基準にしてください。
そこから東へ向かって見ると、ざっくり次のような配置になります。
西:秦
↓
中央:韓・魏・趙
↓
東:斉北東:燕
南:楚
かなり単純化していますが、キングダムを読むための地理感覚としては、この配置を最初に頭へ入れるのが分かりやすいです。

秦は現在の西安周辺にあった国
秦の中心地は、現在の中国でいう陝西省です。
キングダムで嬴政がいる王都・咸陽は、現在も陝西省に咸陽市として名前が残っています。
咸陽は現在の西安市のすぐ近くに位置するため、ざっくり理解するなら、
秦=西安・咸陽周辺
と覚えておけば十分です。
ただし、「秦の首都=現在の西安市」ではありません。咸陽と西安は近いものの別の都市なので、正確には「現在の西安周辺」と考えてください。
趙は秦の北東側
趙は、現在の河北省・山西省周辺に広がっていた国です。
秦から見ると東~北東に位置しているため、秦が中華統一を目指すうえで大きな壁になります。
キングダムでも李牧、龐煖、司馬尚ら多くの重要人物が趙から登場し、秦と趙の戦いは作品の大きな軸になっています。
趙の中心都市である邯鄲(かんたん)は、現在も河北省邯鄲市として存在します。
楚は南に広がる巨大国家
楚は七国の中でも特に領土が広く、秦から見ると南~南東に位置します。
現在の省で完全に一対一対応させることはできませんが、湖北省・湖南省・安徽省をはじめとした広い範囲に勢力を持っていました。
そのため地図を見ると、「秦と楚だけやたら大きい」と感じることがあります。
これは地図がおかしいわけではなく、楚が実際に広大な領域を持つ大国だったためです。
韓・魏は秦が東へ進むとぶつかりやすい位置
韓と魏は中原周辺に位置し、秦から見ると東側にあります。
特に秦が中華統一へ向けて東進すると、地理的に避けて通りにくい国です。
史実でも秦が最初に滅ぼした戦国七雄は韓でした。
キングダムの主要な城・都市は現在どこにある?
「キングダム 地図」で検索する人がもう一つ気になるのが、作中に登場する城や都市の位置です。
代表的な都を現在の中国と対応させると、次のようになります。
| 国 | 代表的な都 | 現在の場所の目安 |
|---|---|---|
| 秦 | 咸陽 | 陝西省咸陽市・西安市周辺 |
| 趙 | 邯鄲 | 河北省邯鄲市 |
| 魏 | 大梁 | 河南省開封市周辺 |
| 韓 | 新鄭 | 河南省新鄭市周辺 |
| 斉 | 臨淄 | 山東省淄博市臨淄区周辺 |
| 燕 | 薊 | 現在の北京市周辺 |
| 楚 | 時代により遷都 | 湖北省・河南省・安徽省方面へ変化 |
ここで注意したいのが、戦国時代の都はずっと同じ場所だったとは限らないことです。
特に楚は時代によって都を移しているため、「楚の首都は現在の○○」と一つだけに固定すると、地図によって説明が食い違って見えることがあります。
函谷関は現在の河南省西部付近
『キングダム』で合従軍編の重要舞台となる函谷関(かんこくかん)も実在した関所です。
秦の東側への入口を守る重要な防衛拠点で、現在の河南省西部付近に位置します。
地図で見ると、秦は西側に本拠地を持ちながら、函谷関などの険しい地形を利用して東側からの侵攻を防ぎやすい位置にあったことが分かります。
キングダムの合従軍編で「なぜ函谷関を突破しなければ秦を攻めにくいのか」も、地図を見るとかなり理解しやすくなります。
中原とはどこ?キングダムの地図で重要な中央エリア
キングダムや中国史を調べていると頻繁に出てくる言葉が中原(ちゅうげん)です。
中原は現代の都道府県のように明確な境界線を持つ行政区画ではありません。
時代や文脈によって範囲は変わりますが、戦国時代を理解するなら、
- 黄河中流~下流域
- 現在の河南省を中心とする地域
- 洛陽周辺
というイメージで十分です。
七国の配置で見ると、韓・魏などが中原に近く、各国が争う重要地域でした。
つまり「中原を制する」という表現は、単に中国の真ん中を取るという意味ではなく、政治・人口・交通の重要地域を押さえるという意味合いがあります。
キングダムの地図が「おかしい」「違う」と感じる3つの理由
キングダムについて地図を検索すると、「サイトによって国境が違う」「キングダムの地図と歴史地図が合わない」と感じることがあります。
しかし、必ずしもどちらかが間違っているわけではありません。
理由1:戦国時代は国境が常に変わっている
最大の理由は、戦争によって領土が変化し続けていたことです。
ある地図では魏領だった場所が、数年後を描いた地図では秦領になっていることもあります。
そのため、紀元前260年ごろの地図と紀元前230年ごろの地図を比べれば、国境線が違って当然です。
理由2:キングダム自体も物語が進むと地図が変わる
『キングダム』は、嬴政が中華を統一するまでの過程を描く作品です。
つまり物語が進めば進むほど、秦の領土が広がり、ほかの国の領土が小さくなっていくことになります。
「昔見たキングダムの地図と現在の地図が違う」という場合、作品内の時期が違う可能性があります。
理由3:マンガの地図は読みやすさを優先している
マンガに掲載される地図は、歴史研究用の精密地図ではありません。
戦いの位置関係や進軍ルートを読者へ伝えることが目的なので、
- 国境線
- 山脈
- 河川
- 城同士の距離
などが簡略化されている場合があります。
そのため、キングダムの地図=作品を理解するための地図、歴史地図=当時の勢力関係を研究するための復元図として使い分けるのがおすすめです。
秦の中華統一で地図はどう変わる?滅亡する国の順番
キングダムの物語を地図で理解するときは、秦がどの順番で六国を滅ぼしたのかも知っておくと分かりやすくなります。
| 順番 | 国 | 史実で滅亡した年 |
|---|---|---|
| 1 | 韓 | 紀元前230年 |
| 2 | 趙 | 紀元前228年 |
| 3 | 魏 | 紀元前225年 |
| 4 | 楚 | 紀元前223年 |
| 5 | 燕 | 紀元前222年 |
| 6 | 斉 | 紀元前221年 |
史実では、秦は韓→趙→魏→楚→燕→斉の順に六国を滅ぼし、紀元前221年に統一を完成させました。
地図で見ると、秦がいきなり遠くの斉を攻めるのではなく、西から隣接する国を攻略しながら徐々に東へ勢力を広げていく流れが見えてきます。
戦国時代の主要7国と秦による統一の流れについても、歴史資料では秦・楚・趙・魏・韓・燕・斉が主要国として挙げられ、秦王政が紀元前221年に統一を完成させたことが確認できます。
現在の中国地図と重ねるなら5都市を覚えれば十分
七国すべての国境線を暗記する必要はありません。
現在の中国地図を開くなら、まず次の5地点を探してみてください。
- 西安・咸陽:秦
- 邯鄲:趙
- 開封:魏
- 北京:燕
- 山東省:斉
さらに南側に湖北省・湖南省方面の楚を置けば、七国全体の位置関係がかなり見えるようになります。
「秦=西、斉=東、燕=北東、楚=南」まで覚えれば、韓・魏・趙がその間にあるという形で残りも整理できます。

キングダムの地図に関するよくある質問
キングダムの秦は現在の中国でどこですか?
現在の陝西省を中心とする地域です。
王都・咸陽は現在の陝西省咸陽市周辺で、西安市のすぐ近くにあります。
キングダムの趙は現在どこですか?
現在の河北省・山西省周辺です。
趙の都・邯鄲は現在も河北省邯鄲市として地名が残っています。
キングダムの七国は実在した国ですか?
はい。秦・趙・魏・韓・楚・燕・斉はいずれも実在した国です。
戦国時代にはこの7国が特に強大となり、「戦国七雄」と呼ばれます。
キングダムの地図と史実の地図が違うのはなぜ?
主な理由は、地図が示す年代の違いと、作品用に簡略化されていることです。
戦国時代は領土の奪い合いが続いていたため、数年違うだけでも国境が変わることがあります。
秦・趙・魏・韓の位置関係は?
かなり単純化すると、西から秦、その東側に韓・魏、北東側に趙というイメージです。
キングダムで秦と趙の戦いが多いのも、両国が勢力を拡大する過程でぶつかりやすい位置関係にあるためです。
中原は現在のどこですか?
明確な行政区画ではありませんが、現在の河南省を中心とした黄河流域をイメージすると分かりやすいです。
まとめ|キングダムの地図は「西の秦」から見ると分かりやすい
『キングダム』の地図を理解するときは、細かな国境線をすべて覚える必要はありません。
- 秦=西=陝西省・咸陽周辺
- 趙=北~北東=河北・山西周辺
- 魏・韓=中央=河南省周辺
- 楚=南=湖北・湖南・安徽方面
- 斉=東=山東省周辺
- 燕=北東=北京・遼寧方面
という大まかな位置関係を最初に押さえるだけで十分です。
さらに、
- 咸陽=現在の西安近郊
- 邯鄲=現在の河北省邯鄲市
- 大梁=現在の開封周辺
- 新鄭=現在の河南省新鄭市周辺
と主要都市を現在の中国へ重ねると、キングダムの戦争や進軍ルートがかなり立体的に見えてきます。
そして史実では、秦は韓→趙→魏→楚→燕→斉の順に六国を滅ぼし、紀元前221年に中華統一を完成させます。
「西に秦があり、そこから東へ領土を広げていく」という視点でキングダムの地図を見ると、今後の物語もずっと追いやすくなるでしょう。
参考資料
- World History Encyclopedia「Warring States Period」
- World History Encyclopedia「Map of the Warring States of China & Qin Conquest」
- TVアニメ『キングダム』公式サイト
※戦国時代の国境や勢力範囲は年代によって変化するため、本記事ではキングダムを理解するための大まかな位置関係として整理しています。